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子どもたちの魂を揺さぶりたい
農泊を答えのない学びの場に
東京・巣鴨学園

 新型コロナ禍による行動変容を経て、新しい旅のスタイルとしてすっかり定着した農泊(ファームステイ)。農林水産省は29年度までの新たな目標として年間1200万人泊を掲げる、ただ、その達成には個人客やインバウンド需要の喚起に加え、少・中人数での団体旅行の誘致に向けた受け入れ態勢の整備が大きな課題となりそうだ。


 団体旅行といえばまず思い浮かぶのが教育旅行。公益財団法人日本修学旅行協会の調査(2024年度)によると、今後の修学旅行での体験内容に「農山漁村体験を取り入れる」を挙げた学校は中学校で約3%、高校で約2%に上り、潜在需要は決して小さくない。その実現に当たり、学校側からどんな期待や要望があるのか。この夏、農泊を新たな学校行事に取り入れる計画を進める学校法人巣鴨学園(東京都豊島区)の担当者に話をうかがった。

■中学2年生に農業体験

 巣鴨学園は中高一貫の男子校で、生徒総数は約1500人。このうち中学2年生の約200人を対象に、農泊の体験学習を夏休み後半の8月に組み込む予定だ。学年主任の丸谷貴紀教諭は「生徒のほとんどが都会で生まれ育っており、できるだけ年齢が低いうちに一次産業の現場を体験させたいと考えた」と話す。


 同校では7月の恒例行事として千葉・館山で臨海学校を開いてきたが、宿の食事でアジの干物などが出ると、「どうやって食べていいか分からない」と戸惑う生徒も少なくなかった。そんな子供たちに「自然・食・命」の原点に触れさせることは、教育課題として急務だと考えたという。

■知識ではなく体験として  

「生の営みに触れさせたい」と語る丸谷貴紀教諭
「空気を感じるだけでも違う」と話す堀内健介副校⾧

 堀内隆介副校⾧は「知識として知っているのではなく、体験として知っている。それはやはり違う」と強調する。堀内副校⾧自身、中学校の修学旅行先が新潟・糸魚川の農村だったという。囲炉裏や仏間が残る築100年の本物の農家に泊まって田植えなどを体験し、山歩きにも挑戦した。おばあちゃんが握ってくれたおにぎりをあぜ道でほおばったといい、「あれほどうまい握り飯を食べたことがない」と思い出を語る。「日本の原風景」と言われて今も頭に浮かぶのは糸魚川の農村で、「そんな体験を今の生徒たちにもしてほしい。できれば子供たちを田んぼ で泥まみれにさせたい」と笑う。

■中人数に分け複数地域に滞在

 約200人を一度に受け入れられる農泊地域は少ないことから、同校では30~40人ずつの中人数に分け、訪問先として宮城、福島、茨城、愛知など複数の地域を検討。旅行中の管理のしやすさより、できる限り農家に泊まってもらい、現地の人と一緒に過ごせる時間を増やすことに主眼を置いた。滞在期間は3泊4日とした。行き先は生徒の希望も聞く。

 

 受け入れ先に望むのはパッケージ化された「お客様」向けの体験プログラムではなく、生徒が農家の人々の生活リズムや労働の大変さを共有できるような「生の体験」だという。例えば「朝採れ野菜」の意味を、夜明け前から収穫する現場で体感させる。それにより、子供たちには苦手な野菜への意識の変化や、食への感謝が生まれることも期待するという。

■生徒の魂を揺さぶる

 生徒たちに「何を学びに行くのか」という意識を持ってもらうため、事前学習にも力を入れる方針だ。今の10代はすぐに「分かった気になる」「正解を見つけようとする」傾向が強いが、現実とのギャップを体感させることで、答えのない学び、時間をかけて育てる仕事の存在とその意義を体で感じ取ってもらいたいという。


 受け入れ側には生徒たちに農業への思いや課題を語ってもらい、その言葉の熱量がダイレクトに伝わることも期待する。丸谷教諭は「子どもたちの魂を揺さぶりたい」と語る。


 さらに、スマート農業やドローンの活用など進化する農業の姿にも触れさせ、一次産業を
「新しい挑戦の場」としても捉え直してもらいたいという。
旅行後のフォローアップでは文化祭などでの発表の機会を設け、学習を深めてもらう。⾧期的には高校卒業までに二次産業、三次産業を体験できる機会を設ける計画で、社会・経済の仕組みや地域の課題などへの視野を広げ、進路を考える上で「自分の生き方を見つける」選択肢の幅を広げたいという。

■リスク管理情報を要望

 実務的な要望として重視するのはやはりリスク管理の情報だ。農泊団体と自治体が連携し、万一の際の対応をまとめた標準フローが示されていると、旅行先の選定を安心して進めることができるという。具体的には① 病気・けがの際に対応できる医療機関の情報② 災害時の集合場所や避難方法—を共有しておきたいという。


 また、全国の農泊地域の特色や受け入れ内容の詳細がワンストップで探せたり、小規模な

団体でもこだわりのある地域などの情報がわかったりするサイトがあれば、積極的に活用
したいという。

■「感じる余白」を

  丸谷教諭が子どもたちに農泊体験をさせようと考えたきっかけは、教育学の原点であるルソーの「エミール」だったそうだ。人間を取り巻く自然や風景を子供が直に経験し、学ぶことの重要視を説いたその思想の普遍性は時を超えて現代にも生きている。夏休みに農泊を始めることを生徒に伝えたところ、「楽しみです」などと素直な反応が返ってきたという。


 「すぐに答えは出ない、考える過程が大事だと感じる余白を持ったまま帰ってきてくれ
れば、それだけで十分だと思っています」

巣鴨学園(東京都豊島区)